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2009/03/14

因縁

因と縁との和合によって世界は出来た!

 この世にある物質すべて、山も木も石ころも、人間も、何もかもが、仏様が見い出されたところの「因と縁との和合」によって産み出されるのであります。それ以外のものは何もありえません。

 いくら私は仏を信じないと言っている方でも、やはり因と縁との和合によって出てきたのですから、この法則を理解する事が大切です。

 私たちが人間として出てくる前、お母さんの子宮に入るずっと前は、純粋世界に住んでいました。まったくの純粋でした。

 それが因と縁との和合により、人間としてこの世に生まれ出る宿命を持ち、生まれ出る時に、いくつかの要素が集結して、個体となってこの実体を持つ世界へ出現することになりましたが、この実体を持つ世界にも法則がありまして、この実体社会には完全なものはなくて、必ず何か欠点を持っているのであります。(中略)そして色々な要素の中で、肝心な働きをする二つの意識体があります。

 ひとつは人間の根源にあたるー「悟り」が潜むところのー「純粋意識」、もうひとつは、あらゆる欲望から成り立つところの「我意識」です。

 この二つの意識が、私たち人間の生き方を作って行くのです。

我意識にとらわれていると成仏できない

 「純粋意識」は先ほど述べましたように、その人の精神の向上によって、少しずつしか(残念なことですが)表われてまいりません。

 この世では主に、この厄介な「我意識」が働きます。この我意識は千差万別で、我々の姿形が違うのもこのためです。あらゆる欲望に満ちあふれ、いくらたっても満足する事ができません。

 楽しく感じたり、また人を憎んだり、うらやむことも、この世に物質が作られて出てくることも、また色々な争い事の絶え間が無いのも、皆この我意識の考え方から産み出されてまいります。

 人間がこの世に生存するかぎり延々とつづく欲望の世界、なんとも怖い世界です。恐いのはあの世の霊よりも、むしろ生きた人間にあるのです。(恩師・神沢龍動著「そっと教える悟りの本」より抜粋)

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コメント

はじめまして。

このところ、また仏教関係に興味がいっています。心理学の勉強をしていると、あらためて仏教とのイメージの重なりに驚かされています。

ただ、解脱には欲望を超越する必要がありますが、まったくの欲望なしには「現実」を生きてはいけません。今の資本主義のシステムそのものが欲望をエネルギーとしているからです。その雰囲気に煽られて欲望を暴走させぬようにするためには、自我を作り上げ育て、成熟させることが必要でしょうが、その先は……。私は、その上で自我からも自由になることが理想だと思っています。

投稿: TAC | 2009/04/12 20:15

TACさん
はじめまして!
 仰せのとおり、現実社会で生活する以上は「無欲」だけでは生きていけません。かといって、「我意識」が強くなると「欲」だらけになってしまいます。
 私のお師匠様はこの両者の中間が良いのだとよく言われてました。(中道)

投稿: 花形 みつる | 2009/04/12 21:47

実は、その中道がけっこう難しかったりしますね。自分の環境や感情に流されたりして、けっこう偏った捉え方をしてしまいますから。欲望が深いほど目が曇りますね。

まあ凡人ですから。

ただ、その弱さを自覚して、そこから出発できれば、少しはましになってくるのでしょうけれど……。

投稿: TAC | 2009/04/13 23:30

TACさん
 私なんかも未だにそうなんですよ。この世に生きてる以上、どうしても感情に左右されますものね。でも仏に向った時に心から懺悔し、反省して信心を起こすことが出来たら充分だと思います。ご一緒に精進致しましょう。

投稿: 花形 みつる | 2009/04/14 22:13

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